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早乙女勝元 著 ”東京大空襲−昭和20年3月10日の記録−”、岩波新書 青版775、1971年 1945年の3月10日の午前零時15分、東京に空襲警報が発令され、B29爆撃機によって爆撃が2時間22分にわたって行われた。 この空襲は焼夷弾を主体とした夜間の無差別爆撃であり、浅草区、深川区、本所区、城東区の4区をほとんど焼き払い、8万8千人以上の死者を出した。 本書は筆者自身の避難経験と、かろうじて死を逃れたものの多くの家族を失った空襲体験者からの聞き取りをもとに、空襲の悲惨さを描いている。本書は30数年前の本であり、当時はまだベトナム戦争が行われていた。しかし今日でも読んでおくべき本である。 |
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小林英夫 著 ”日本軍政下のアジア−「大東亜共栄圏と軍票」−”、岩波新書311、1993年
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吉見義明 著 ”従軍慰安婦”、岩波新書384、1995年
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田中伸尚 著 ”靖国の戦後史”、岩波新書788、2002年
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林博史 著 ”BC級戦犯裁判”、岩波新書952、2005年
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大沼保昭 著 ”サハリン棄民−戦後責任の点景−”、中公新書1082、1992年 太平洋戦争末期、その数4万ともいわれる韓国・朝鮮地域の人々がサハリンに動員され、働かされていた。敗戦後、これらの人々は韓国へ帰ることはおろか、日本側へ立ち寄ることすらできず、ソ連統治下のサハリンに残留することになってしまった。本書はこれらの人々が韓国に里帰りできるようになるまでを描く。 この問題を45年間引き延ばしてきた大きな要因は、日本政府の不作為の積み重ねであったと本書は言う。日本政府としては、戦前外地戸籍に入っていたものはすべて日本国籍を喪失するという1952年の4月の民事局長通達を言い訳に、解決のための努力から逃げ回っていたようである。 結局著名な政治家の議員懇談会が出来たことによりこの問題は解決に向けて前進したようで、行政がいかにやる気がなかったをよく示している。日本の行政にかかわる人たちは、自分の国家が行ったことの責任について無関心であり、かつ非情なまでの差別を当然視していたことがうかがい知れる。 本書を読むと、冷戦期における日本政府、ソ連政府、韓国政府三者三様の駆け引きや行動が読み取れる。しかし日本人としては日本政府のあまりの非情さにあきれ果てるばかりである。敗戦から続いた、これは長い長い"戦後"責任の記録である。最後のほうは泣けてしまった。 |
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臼井勝美 著 ”新版 日中戦争−和平か戦線拡大か−”、中公新書1532、2000年
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纐纈厚 著 ”侵略戦争−歴史事実と歴史認識”、ちくま新書207、1999年
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田中宏巳 著 ”BC級戦犯”、ちくま新書357、2002年
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高橋哲哉 著 ”靖国問題”、ちくま新書532、2005年
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