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加藤雅彦 著 ”ドナウ河紀行−東欧・中欧の歴史と文化−”、岩波新書189、1991年
大分昔に読んだので、もう何も頭の中に残っていません。 |
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加藤雅彦 著 ”ライン河−ヨーロッパ史の動脈−”、岩波新書639、1999年
ドナウを読んだあと続けて買いましたが、通読していません。おそらく再挑戦することも当分ないものと思われます。 |
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アルンダティ・ロイ 著 本橋哲也 訳 ”帝国を壊すために−戦争と正義をめぐるエッセイ−”、岩波新書852、2003年
日本語で読めるの非常にありがたいが、やや女性的な訳文にしすぎているような気がする。ただし訳者は巻末に詳細な注を付けており、感服する。 「来たれ、九月よ」で傑作に思った箇所がある。 ”人を「反####的」と呼ぶこと、実際、「反####的」であると規定することは、たんに人種差別的な発想であるだけでなく、想像力の欠如そのものだ。支配層の敷いたレール以外の仕方で世界を見ることができない無能人間。” 一部伏字にしたが、ここを漢字一文字に入れ替えたりすると、なかなか面白いことになる。 |
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伊藤 潔(いとう きよし)著 ”台湾 四百年の歴史と展望”、中公新書1144、1993年
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小倉 貞夫(おぐら さだお)著 ”物語 ヴェトナムの歴史 一億人国家のダイナミズム”、中公新書1372、1997年
通読したが、はっきり言ってしんどかった。ひとつにはカタカナ表記の人名を読むのが大変というのもあった。漢字書きにしてカタカナのルビを振ったら読みやすくなったかもしれない。詩を取り込んでいるのは非常に良い。 それにしても血なまぐさい歴史である。「物語 韓国史」でも血なまぐさいと思ったが、このヴェトナムの歴史は半端ではない。一体この本一冊で何人の死が描かれていることやら。死に臨んだ人々の最後の言葉が幾つか書かれており、その言葉の重さは圧倒するものがある。ただし、それらは他国の圧制の元にあった人々が祖国の解放を願って残した言葉であって、たとえば独立国の為政者が人々にそんな言葉を言わしむるとすれば、それはまた話が違ってくると思う。 ヴェトナムを本格的に学ぶとしたら、再読すべきと思っている。 |
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阿部 謹也(あべ きんや)著 ”物語 ドイツの歴史 ドイツ的とは何か”、中公新書1420、1998年
大分前に買いましたが、204ページで挫折しました。通読していません。 |
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中川 昌郎(なかがわ よしを)著 ”中国と台湾 統一交渉か、実務交渉か”、中公新書1430、1998年
題は「台湾と中国」にすべきであろう。 本書の内容は、本書が書かれた数年前の出来事にほぼ限定されており、物足りない。記述が李登輝総統の米国訪問とそれに対する中国の軍事演習でぐるぐる回っているような気がした。当時の状況はよく分かるが、時間が経つとこうした本の価値は急激に下がってしまう。版を重ねていないことから察するに、この本の評価は低いのかもしれない。 中国に対する思い入れと同様なものを台湾にも、という記述について、確かに台湾に関しても興味関心を持つことは大事であるが、それが「旧宗主国」としての思い上がりからでないことを望む。 |
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松岡 完(まつおか ひろし)著 ”ベトナム戦争 誤算と誤解の戦場”、中公新書1596、2001年
力作であり、ぜひまた味読・熟読したい。章ごとの切り口、個性がもっとはっきりしていると良かったが、とにかく大作なので、読む側がもっと気をつけて読むべきと思った。流し読み程度で批評するのはやめておきます。 |
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下斗米伸夫(しもとまい・のぶお)著 ”アジア冷戦史”、中公新書1763、2004年
私が子供のときは、まだ冷戦時代であった。多くの人々は冷戦があったことなど忘れ、たとえば現在の国際問題がなんだかいきなり降って沸いたかのような捕らえ方をするが、過去からのつながりを学んでおくことは大切である。本書の最も画期的な特徴は、ソ連側の資料を駆使して冷戦史を組み立てていることである。当時は見えにくかったことが時を経て風通し良く見通せるようになるのは、不思議な感じがする。 望むらくは、私よりも下の世代の、冷戦があったことも知らない若い世代にもよく理解できるように、教科書的記述を増やして本をもう少し厚くしてほしい。そんなレベルの低いことは御免だ、と筆者は言うかもしれないが。 |