2007年の日記。
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8月12日(日)
「教わらないこと、語られないこと」
当然私の母語は日本語だが、日本語で書きたいことなど、頭に思い浮かばない。
今の私は、仕事以外に頭を使ってはならないらしい。まるで前近代の、奴隷だね。
おそらく、月200時間残業する人は、私的なEメールも出せないだろう。100時間ぐらいの人は、私的なメールを自宅から出すことはできても、ブログなんてやっている暇はないだろう。残業が月50時間ぐらいだったら、まあ人並みの生活ができるんじゃないか。私は120〜130時間ぐらいなので、仕事以外のことで無理はすべきでないと思っている。
今朝床屋に行って話を聞いたところ、はだしのゲンのテレビ版を放映していたとのことで、かなり心に来るものがあったようである。戦争の恐ろしさについて、認識を新たにすることは大事なことだと思う。もちろん私に戦争経験はないが、ないからこそ、戦争は絶対に避けるべきものとして、ウェブ上でも働きかけたいと思っている。
だがちょっと違和感あるのは、日本でいう戦争の恐ろしさとは、被害者としての視点からのみ語られることである。それだけ、某国からの国土への直接攻撃がすさまじかったからであるが、日本が加害者として振舞ったことには何の記述もないことが多い。その点では、私は日本の教育にだまされたと思っている。日本がアジアの国々に対して何を行ってきたのかなど、学校ではまったく教わられなかったからだ。
先日、ウェブ上でこんな言葉を見つけた
(引用始まり)
『「日の丸」の赤はアジアの人たちの“血”、「日の丸」の白はアジアの人たちの“骨”』という旨の詩を詠んだのは、ヒロシマの詩人、栗原貞子さんだった。その「日の丸」を学校で揚げろ、その“侵略戦争”の最高責任者であった“天皇”を称える「国歌」を起立して歌え、と国家や地方自治体は強制する。それは“人としての良心”が許さないと拒否する教員たちは「非国民」「愛国心を乱す輩」と厳しく罰せられる。そして“南京”も“元日本軍「慰安婦」”も、教科書の記述から抹殺されていく。
土井敏邦氏のサイトの2007年5月4日(金)付け、
「イスラエル国旗」と「日の丸」より
(引用終わり)
私は中東情勢は、全くの無知であるが、こんな言葉を見つけてはっとした。毎年、8月の敗戦日近くでの戦争の取り上げ方は少なくなる一方だが、上記引用のような動きがあるとすれば恐ろしいことである。
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